頭の中身が知りたくて~男子大学生が考えていること~

男子大学生である私が普段どんなことを考えているのかを可視化して面白おかしくブログにしています。

「迷い」と「決断」に関する、ある一つのエピソード

『これまでの人生で体験した「迷い」と「決断」に関するエピソードを教えてください。』

 

応募要項を見た時、僕は極めて軽くはあるが、はっきりと絶望を感じていた。僕は20年という、日本の人口から相対的にみて少ない部類であり、かつ短いこの人生の中で、「迷い」や「決断」に関する、人様に向けて恥ずかしくない、あるいは恥ずかしいエピソードなんか、はたして経験してきたのだろうか?振り返っても、幼稚園に行って、小学校に行って、中学校に行って、高校に行って、大学に今行ってる位しか思いつかない。高校を受験したときも、二校受けて受かった方に行ったし、大学も自分の学力で行けるところで、学費や予備校などが出している偏差値などを考慮して、一番良いと思われるところに決めただけだ。そこに、「迷い」や「決断」というものが存在していたのかと云われると、”Yes”と答えられる自信は全くない。むしろ、りっすんでブログを応募するという状況に立っている今の僕の方が、少なくとも「迷い」というものは存在しているんじゃないだろうかとさえ感じる。だって、「女性の深呼吸マガジン」を冠しているメディアの募集に、男である僕が何かを書いてそれを応募してしまったら、それだけでキモがられるんじゃないかとか、僕の性別なんてだれ一人知らないのに、それでも考えてしまうから。だけど、よく見てみると選考委員に男性がいるので、僕みたいなやつが応募しても大丈夫なのかもしれない。わからないけど、とりあえず応募してみるか。「決断」。ありがとう、ルネッサンス

 

僕はさっき、「迷いや決断が自分の人生の中であったかと云われれば、自信をもってあったとは答えられない」と書いた。けれども、本当は迷いや決断はある。ミクロな視点で見れば、日々迷いと決断の日々だ。例えば、今日の晩御飯は麻婆豆腐と麻婆茄子のどちらにするか、という迷いとか。やっぱり、肉の油を吸ってしんなりした茄子と辛味って合うし、めちゃくちゃ美味いから今日は麻婆茄子だな、なんていう決断とか。そんなような、目に見えないほど小さい迷いや決断なら、腐るほどある。だけど、どれも深呼吸したらむせ返ってしまいそうなものばかりだし、そういうのが求められているのではないことくらいは、僕にもわかる。だけど、そういったミクロの話が求められていないのであれば、僕にはやはりエピソードなんてない。

 

じゃあどうすれば良いのか。応募をあきらめる?いや、せっかくさっき決断したから、応募はしよう。じゃあ、嘘をついて、自分の人生に迷いと決断があったことにする?いや、嘘をつくのはまずいだろう。道徳的に考えて。でも、99.9999%の確率で、嘘のエピソードが嘘だってバレないとも思う。そもそもインターネットに真実を求めるなよ、とも思う。何処かしら虚があってこそのネットだろと思う。だけど、やっぱり嘘は良くない。自分の観念的に。

 

しかし、それならどうすれば良い?……いや、待てよ?そもそもマクロ的な迷いや決断じゃなくて、ミクロ的な迷いや決断でもよいのでは?というか、人の迷いや決断にマクロやミクロなんてあるのか?確かに、迷う時間の長さや、決断した後の未来の安定感なんかには違いがあるかもしれない。だけど、迷うことや決断することはどれも同じなんじゃないか?どの人間も同じなんじゃないか?……そうだよ。同じだよ。うん、同じ。迷いや決断自体にはマクロもミクロもない。そう思うことにしよう。

 

僕は今、しっかりと決断した。